@レポート:宗行→中三河(逆順)
宗行で国道373号から分岐する。
r444はここを右折する、R373は直進。
[地図]
殿町の集落に向かう。
「長谷橋」(ながたに)で佐用川を渡る。
「この先5km通行不能」うん、知ってる……
殿町集落、ここを右折すると横谷方面へ再びR373に出られる。
左手の山の上に「口長谷八幡神社」があった。
塩谷の集落を行く。
左手建物向こうに「ふれあい長谷」という長谷小学校跡地を活用したコミュニティセンター「長谷地域交流センター」があり、そこにはファブラボも併設されている。
左折すると「長谷地域交流センター」へ。
坊の集落を行く、山裾に細長く続く。
このカーブを曲がり切ったところで中央線がなくなる。
中島の集落を行く、中央線がなくなったといってもそれほど離合には困らないものの、待避所があった。
鳥取道の「長谷川橋」をくぐる。
鳥取道をくぐってすぐまでは広い幅がとられていた。
道が二手に分かれている、左は横尾集落への旧道。
「下横尾橋」で長谷川を渡る。
親柱のレリーフは林業を表しているのだろうか?
長すぎるからか二列にかなが彫ってある。
横尾集落をパスしている。
「上横尾橋」で再度長谷川を渡る。
集落の道が合流する。
すぐ脇を川が流れる。
ポツンと一軒だけ家があった。
「この先3km通行不能」うん、知ってる……
次の集落が見えてきた。
深山口の集落を行く。
何かを栽培しているのかと思ったがただの生垣だった、道路に植生が飛び出ないようにしているのかしら?
少し上りになった。
落石注意の標識。
人気がなくなった。
道路の傍らに小さなお堂、向かいに階段の上には何基かお墓があった。
周囲に何もないところに一棟貸しの民泊施設があった。
左手に貸農園がある。
貸農園の駐車場。
辺りに何もない谷間を行く。
落石防止のガードレール二段重ね。
人家が見えてきた。
中村集落。かつては自然の川岸のままで道路から高さがあるようにも見えなかった。
しかし、2009年の水害の関係かコンクリートブロックの護岸になっている。
この辺りには石垣の護岸がある、ひょっとして2枚前の写真の箇所は水害によって石垣がなくなったのか?
赤い欄干の橋、幸い落ちなかったようだ。
待避スペース。
何かの工事をした跡、水道だろうか(下水道やましてやガスではないだろうし……)。
「この先1km通行不能」うん、知ってる……
2009年に訪れた際はここから集落側の舗装が新しかった。
2021年では白線より手前が舗装しなおされた、と言ってもその工事の関係であった路面舗装工事ではないようだが。
田坪の集落に入る。
「出合橋」で岩谷川を渡る、出会いの名の通り、この右手で長谷川に注いでいる。
ここでキュッと絞られる。
しかし、まだ奥にも人家は見られる。
ここが集落の最後。
もうこの先には何もない。
ほんの少しの杉林。
土砂崩れでもしたのだろうか、こんなところでもしっかりと修繕してある、さすが県道。
谷の奥へ向かう。
この先には何もないといったな? あれは嘘だ。
放置されたトラ柵。
ガードレール落石防止柵。
ここでクイッと右にカーブする。
カーブのところで古びた標識が掲げられている。
「重量制限 4t LOAD LIMIT」と書いてある、1950年頃の重量制限標識なのだそうな。
しかし、この穴……猟銃か何かでぶち抜いた跡よな?
三度長谷川を渡る。橋名は不明の鉄筋コンクリート床板橋、「昭和44年(1964)完成」とあった。
上記で標識が1950年ごろのものと書いたが、この橋は架け替えられたのだろう。
2009年に来たときはここをまっすぐ探索したのだが、途中で多くの倒木により断念した。
それは結果的に誤りであった、県道は舗装路を道なりに左折していく。
[地図]
曲がってすぐのところで舗装路は途切れる。
並木のように木が植わっている、並木じゃないよな?
フラットダートを進む、明らかに車が入って来ている轍がある。
すぐ横を川が流れる。
ここで欄干のない橋で川を渡る、渡ってすぐを右折する。
[地図]
杉林の中に入っていく。
しっかりと道の体をなしている。
対岸にも道らしきものはあったがこちらが正解、間違わないように。
林が途切れて向こうが明るい。
対岸に渡る簡易橋が架かっていた。
対岸に平場が現れた、田か畑でもあったのだろうか?
護岸が崩れていた、これも2009年の水害が関係しているのだろうか。
ここにも簡易橋が架かっていたが落ちていた(写真中央右)。
再び杉林へ突入する。
路盤がえぐれて穴が開いていた。
かと思えば今度は完全に道が分断されていた、ずいぶん長いこと車両は進入していないようである、ここが一応車両限界点。
以降も“道”は続く、わりにしっかりと整備されてたようだ。
川は倒木で荒れ放題。
道幅(?)が広くなった。
かつて何かを示していたであろう何か。
道なりに行くと川に沿って右にカーブしていくのだが、県道はここでおもむろにまっすぐ斜面の上へ。
道なりに林道を進んでもしばらくすると行き止まる。
[地図]
林道整備されていたようには見えないが平場がある。
小さな谷を横切る。
ここから一気に勾配を増して上っていく。
登山道のようにも見える。
森と植林の境界でしかないようにも見える。
道らしい道ではないのか、谷向きに斜面となっておりかつ堆積した落ち葉フカフカで歩きにくい。
森側は明るく杉林側は鬱蒼としている。
木々の向こうに空が見える。
右にあった谷がいつしか同じ高さにまでなっている。
道に見えなくもない。
少し掘れていて、やはり道なのだろうと思われる。
そろそろ峠が見えてきた。
峠に到着、特段峠名はついていない。かつてはここが佐用町と南光町の町境だった。
下りに入るところで一本の倒木、しっかりと一本の道が見える。
ちょっと道が判然としない。
またはっきりと道がわかるように、これだけ掘れていると昔から使われてきた道なのだろうかと思う。
急カーブを経てここから一気に高度を落としていく、ここから終点(起点)までのわずか1km程の距離を70枚前の写真の位置辺りの高度まで下げている。
倒木がしっかりとぶった切られているところを見ると林業関係かはたまた山登りかどちらにせよこの道は使われているのか。
しっかりと道として認識できる。
こちらの倒木はそのまま朽ちていた。
土砂が崩れてきていて道が斜面に向かって斜めになっており滑落しないよう気を付けて歩こう。
ここなんぞはただの斜面にしか見えない、慎重に進もう。
この杭と結わえ付けられているピンクのリボンは林業関係のものか先達がつけたものか。
ここから下向きにも道が分かれているように見えるがこれを目印としてここを直進しよう、それが正しいルートであるかは不明だが。
ここもただの斜面にしか見えない、その先にもピンクのリボンが気に結わえ付けられている。
子の倒木のところで九十九折になっている、左下へ。2枚前の写真の箇所を下に行ってもここの中段後方からやってくる。
続いてすぐに九十九折、左手には石垣があった。
再び道らしい道になった。
度の倒木もしっかり切られている、いつごろまでかはわからないが確かに人の手が入っていたようだ。
ここで目の前に倒木があり左手に平場が続いているのでそちらについ行ってしまいたくなるのだがここは倒木を越えて直進する。
すぐにまた倒木がある。
またまた倒木、不安になるがこの道でちゃんとたどり着く、ルート的に合っているかはもちろん不明だが。
違う道が下から上がってきた。
今度は直進したくなるが左下へ曲がろう。
道はそのまま奥へ続いているがここは右下へ下る。
すぐに九十九折、右下方へ。
全く道が判然としなくなったが信じて直進しよう。
道は倒木や落石で荒れているが、人家が見えてきた出口はもうすぐそこ。
獣避け柵を出る、点線区間もそろそろ終了だ。
左に竹藪右に杉林。
人家の裏手に出る。
久しぶりのアスファルト。
2,3軒の小さな集落。
集落を行く、この先の橋の名前が小松原となっているが小松原という集落なのだろうか。
「小松原橋」で千種川を渡る、真ん中に接合部があるのは何なのか、あとから幅を広げた?
橋の改修に合わせて白線引かれたのか、その先の白線は消えかかっていた。
左に天然アユやウナギを食べさせてくれるお店がある、要予約。
中三河で「兵庫県道72号 若桜下三河線」にぶつかってr444は終わりを告げる。
左右の道がr72。
[地図]